葛飾北斎の生涯を描いた実写映画『HOKUSAI』を見た感想を語る

映画『HOKUSAI』公式 (https://www.hokusai2020.com/index_ja.html)

2025年の大河では浮世絵プロデューサーの蔦屋重三郎が主人公になり、浮世絵に関心を持った人も多いと思いますが、世界で【一番有名な浮世絵師】をご存知でしょうか?

アメリカのLIFE誌・ミレニアム特集号の特集で「この1000年でもっとも偉大な業績を残した世界の100人」に唯一日本人で選ばれたのが葛飾北斎です。

ゴッホやモネなど、印象派の画家たちに多大なる影響を与えた北斎の人生は一体どのようなものだったのか?

この映画を見ると北斎の人生を、ざっくり(笑)知ることができます!(なぜ「ざっくり」と表現したのかは、この記事を読んでいただければ納得していただけると思います)

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もくじ

正直な感想

まずは率直な感想から…

クリエイターにめちゃくちゃ刺さる

しかしながら…

波乱万丈な芸術家の90年の生涯を、2時間でまとめるのには無理がありすぎる。

北斎にまつわる仰天エピソードはたくさん残っているので、ネタに困ることはないですが

逆にネタを詰め込みすぎて場面転換が早すぎるといいますか、一つ一つのエピソードが薄く感じるといいますか、感情移入する前に次のエピソードに行ってしまうんです…

でもそのエピソードを抜いてしまったら北斎らしさが減ってしまうような気もするし…

映画作りは時間の制約があって本当に難しいですね…

この後は私自身が鑑賞して良かった点とイマイチだった点を分けて書きたいと思います。

この後はネタバレを含みますので、よろしければ作品を鑑賞した後に、もう一度戻ってきていただければ嬉しいです!

良い点・微妙な点

良い点① 演出が素晴らしい

芸術家が主人公な作品だけあって、視覚的なこだわりを感じます。

「目」を使った演出が多く、クリエイターがモノをよく観察し、作品に落とし込む感覚を視覚的に表現しているなと感じました。

特に、役者の目のアップや瞳に映る花の色など、北斎の目には何が見えていたのか、私たち自身が擬似体験できるような演出になっていました。

衣装は、単なるコスプレのようなチープさを全く感じさせないリアリティを感じました。

衣装担当はは宮本まさ江さん。

『ヤクザと家族 The Family』や『キングダム』などの衣装も担当し、世界観を引き立たせるのがとても上手いと感じました。

北斎が生きた江戸後期は贅沢禁止令が出され、歌舞伎や寄席、浮世絵などに制限がかけられていた時代なので、映画の中でも華やかな色彩の描写はほとんどありませんが、中間色を巧みに使い、質素ながらも粋な色彩が日本人好みで、美しい画面だと感じました。

良い点②:田中 泯さんの演技が圧巻!

田中泯(Wikipedia)

葛飾北斎の老年期を演じた田中泯さん。

実写邦画興行収入1位を記録した大ヒット映画『国宝』では、小野川万菊役で登場した役者さんです。

田中さんが映るだけで画面に圧が出ますね!

田中さんの滲み出る渋み・深み・エグみがカッコ良すぎて、青年期を演じた柳楽優弥さんが微妙というわけではないのですが、こればっかりはどうしても歳をとらないと出てこないのかなと思いました。

顔のシワや、振り乱れる白髪など…どの場面を切り抜いても絵面として完璧でした。

田中さんを見るために見たい映画だと思うほど、ハマり役だったなと思います。

また、これはこの映画全体に言えることなのですが、歳を重ねている出演者さんほど魅力的に映る映画だと思いました。

そんな田中さんは何者なのかと色々と調べましたが、田中さんの本職はダンサーのようです。

クラシックバレエやアメリカンモダンダンスを学び、1966年よりモダンダンサーとして活躍。

1974年より従来のダンスと呼ばれるもの、またダンス芸術界そのものに反発し、独自のダンスを始めるという超ロックな人。

1985年から山村へ移り住み、農業を礎とした日常生活を送り、より深い身体性を追求しているそう。

生き様までもがカッコ良すぎる…

生ける芸術か?と思わせるほど、「表現」に人生を捧げている人なんですね。

絵とダンス…表現方法は違えど、生涯を芸術に捧げているという点で北斎に適役ですね。

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微妙な点①:序盤はやや退屈…

物語は、勝川派から破門されその日暮らしをしながら絵を描いている北斎からスタートします。

演じるのは柳楽優弥さん。

子役として若い頃から演技の世界に身を置いている役者さんですので、見事に青年期の北斎を演じています。

ただ、エピソードを詰め込みすぎなのか、どれかを抜いたら北斎特有の画狂老人感が出ないのか、テンポよくダイジェストエピソードを駆け足で見せられているような気がして、映画にあまり気持ちを乗せことができませんでした。

良い点③:東洲斎写楽とのシーン

序盤の中でも、青年時代の北斎がライバル達と自分を比べて葛藤しているシーンはなかなか面白かったです。

写楽に対して「専門的な技術を学んでないのに、どうして人を惹きつける絵を描くことができるのか?」とモヤモヤする姿は、現代の日本人も共感する人は少なくないはず。

特に予備校や美術大学でデッサンを苦しい思いで習得した人に刺さるエピソードではないでしょうか?

いくら技術で絵を描き上げることができても、それが「良い絵」とは限りません。

技術を積み上げて、それが点数化され評価される世界にいた人ほど、本質的な「良い絵」とは何かわからなくて悩んでいる人はたくさんいると思います。

写楽は、全身から溢れ出るピュアなオーラを放ちながら曇なき眼で

「ここの赴くままに描くだけです」

自分の胸に手を当て、悠々と答えてしまうんです。

こんなことを自信満々に言われたら、こっちは自信喪失しちゃいますよね…

でも物語としてはとてもグッとくるシーンだったなと思います。

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良い点④:絵の具になろうとする北斎

物語後半では、北斎が絵皿で絵の具を練っているシーンがあります。

突然雨が降ってきて、草履も履かずに庭に出て雨に打たれます。

絵皿に入った雨水が青い絵の具と溶けて北斎に跳ね、全身が青く染まります。

このシーンにはセリフがないので、よくわからない人もいるかもしれません。

なので、自分なりの考察をしてみたいと思います。

「北斎は絵の具の気持ちを知ることで、より絵に近づこうとしたのかな」

と思いました。

今はデジタルでの作画が普及したので、こんなことを思う機会も減りましたが、アナログで絵の具や筆を使ったことのある人は、絵の具などの〈素材そのもの〉に対して、さまざまな思いを馳せたことがあるはずです。

北斎は絵の具そのものの気持ちを理解しようとして、絵皿の中で水と溶ける絵の具のように、自分が雨と溶けて“色”を出した時、どんな世界が見えるかを知りたかったのではないかと思います。

良い点⑤:『庶民出身の北斎』と『武家出身の種彦』の対比が泣ける

柳亭種彦 肖像画(Wikipediaより)

映画最大の山場となる北斎と種彦の関係性がとても印象的でした。

北斎が絵師を志した理由が「庶民出身でも自分のやりたいことがやれると思った」(=厳しい身分制度が敷かれた時代でも、自由に生きられると思った)と劇中で言っています。

一方、現代でいう「上級国民」に生まれた柳亭種彦(永山瑛太さん)は武家階級出身の立派なお侍さんです。

「柳亭種彦」は実はペンネームで、本名は高屋知久(たかやともひさ)と言います。

劇中では素性を隠し、匿名作家「柳亭種彦」として「偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」を執筆していました。

平安時代に描かれた紫式部の『源氏物語』を元にしながら、時代を室町時代に移し、さらには大奥の内実も描いたとされる作品で、女性たちの間で大人気となりました。

その挿絵を葛飾北斎に描いてもらうことがきっかけとなり二人は出会います。

しかし、幕府が発令した天保の改革(贅沢禁止令)によって本は絶版。

さらに禁止令を出した武家から、市民を堕落させる読本を執筆している者がいるとして尋問を受け、嘘をつけない種彦は正体を明かして殺されてしまいます。

「柳亭種彦は自分ではない」と言えれば良かったのですが、創作活動ができない人生なら死んだ方がマシという気持ちだったのでしょうか。

好きなことをやるために絵に人生を捧げた北斎と、好きなことのために自分に嘘をつくことができなかった種彦。

創作に身分は関係ないと言っていた北斎ですが、身分のせいで命を奪われた種彦を生涯忘れることができませんでした。

※史実とは異なる脚本ではありますが、それを言ったら多くの歴史作品が史実に脚色していますので、ここはひとつ目をつぶっていただきたいです(笑)

映画では種彦役を永山瑛太さんが演じているので、非常に若々しいイメージを受け取ってしまいますが、史実では種彦が代表作「偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」を執筆したのは46歳の頃です。

北斎は種彦の24歳年上でしたが、種彦に好意を持っていたのか、日頃からとても親しく交流していました。

種彦が遺した日記によると、互いの家を頻繁に行き来したり、一日中遊んだり、二人でオランダそろばんの練習をしたりしたことが記されています。

しかし、天保の改革により「偐紫田舎源氏」が絶版になったわずか1ヶ月後に種彦は病死(最有力説)でこの世を去りました。

60歳でした。

まとめ

一向に変わらない世の中への悲観・諦観が、令和の世とどこか似ている気がしました。

こんな時代に生まれなければ、もっと多くの芸術家が輩出されたのではないか?

と考えてしまいました。

また、北斎のセリフで「こんな時代に生まれてくる子は幸せなんだろうか」というものがありました。

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【余談】ヒットしなかった理由を考察

序盤はやや退屈と書いてしまいましたが(苦笑)、個人的には全体を通して楽しめました。

特に、美大・芸大・クリエイティブ系専門学校をはじめとした学生さん、現役のクリエイターや、ものづくりを趣味にしている人など、少しでも本気で何かを表現した経験がある人には刺さるはずの内容です。

しかし、興行収入を調べてみたら…たったの1億円。

背景としては製作が2020年、劇場公開日が2021年5月28日と、コロナパンデミック真っ只中のようでした。

そして競合に、「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」 102億8000万円!

日本のアニメ映画史に残る大ヒット作品の公開時期と被っています。

これは話題をかっさらわれるわけですな…

だって私も、エヴァはコロナ期にも関わらず映画館まで行って見に行きましたから…(;▽;)

作品情報

2020年製作/129分/G/日本配給:S・D・P 劇場公開日:2021年5月28日

「富嶽三十六景」など生涯を通して3万点以上の作品を描き残したといわれる江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎の知られざる生涯を映画化。

北斎の青年期を柳楽優弥さんが、老年期を田中泯さんが演じるW主演。

監督は「探偵はBARにいる」、「相棒」シリーズの橋本一さんが担当し、ベテラン揃いの布陣で制作されています。

あらすじ

腕はいいが、食うことすらままならない生活を送っていた北斎に、ある日、人気浮世絵版元(プロデューサー)蔦屋重三郎が目を付ける。

しかし絵を描くことの本質を捉えられていない北斎はなかなか重三郎から認められない。

さらには歌麿や写楽などライバル達にも完璧に打ちのめされ、先を越されてしまう。

“俺はなぜ絵を描いているんだ?何を描きたいんだ?”

もがき苦しみ、生死の境まで行き着き、大自然の中で気づいた本当の自分らしさ。

北斎は重三郎の後押しによって、遂に唯一無二の独創性を手にするのであった。

ある日、北斎は戯作者・柳亭種彦に運命的な出会いを果たす。

武士でありながらご禁制の戯作を生み出し続ける種彦に共鳴し、二人は良きパートナーとなっていく。

70歳を迎えたある日、北斎は脳卒中で倒れ、命は助かったものの肝心の右手に痺れが残る。

それでも、北斎は立ち止まらず、旅に出て冨嶽三十六景を描き上げるのだった。そんな北斎の元に、種彦が幕府に処分されたという訃報が入る。

信念を貫き散った友のため、怒りに打ち震える北斎だったが、「こんな日だから、絵を描く」と筆をとり、その後も生涯、ひたすら絵を描き続ける。

描き続けた人生の先に、北斎が見つけた本当に大切なものとは…? (公式サイトより)

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